先週の金曜日だったか、新宿から乗った山手線は予定の3倍程の時間をかけて目的駅に着く。確か1時間強だったはず。帰れば1時を過ぎていた。その前日、日帰りの出張で仙台へ行っていた。午後7時には東京駅に戻っているという比較的強行日程だったけれど、新幹線で1時間半で着いてしまう仙台は“近い”と言ってもおかしくはない。特急で僕の実家へ帰るのも1時間半。けど、僕の感覚として仙台は近くはないし、各停で同じ時間乗るほうがやっぱり近いと感じるその距離感覚はいったいどこで身に付いたのか。徐々に刷り込まれてきた地図情報によるのか、窓枠を横切る景色の速度や車体の揺れ、車内の微妙な空気の密度やブレを繊細に感じ取って働くヒトの絶対的な距離感覚のようなものがあるのか。
なんてことを、メトロがなくなりJRで帰った昨日のことを今思い出した僕が考えている。
仙台で昼に食べた「太助」の牛タンは美味かった。
今日は早めに会社を出て散髪。その後、朝は使わなかった傘をようやく開いてハンズに向かうけれどちょうど閉店の時間で断念。ハロゲンランプが切れた部屋の暗さに順応を始めてもう何日か。
その足でHMVへ向かいSOURの新譜を購入。HMVの特典として「影踏み」のLIVE DVDが付いていて、その映像の終盤、ホワイトアウトしたhoshijimaを撮る画が美しい。でそのアルバム『EVERY UNDONE DAWN』のライナー(正確には“冊子”としか言えないかな。でも“ライナー”で伝わるでしょ。)に配された数字を追って線を繋げたくてしょうがない。でも書きこまず保存したい欲求も当然強くて、小さな葛藤だこれは。

EVERY UNDONE DAWN

EVERY UNDONE DAWN