金色のイヤホン

final sudio design Piano Forte VIII

以前から少しずつ少しずつイヤホンのグレードを上げてきていたのだけれど、今使っているものがこれまで&今後ともにピークにあると思っている。恐らくこれを超えるグレードのイヤホンは今後買うことはないだろうなと。
使っているのはfinal audio designのPiano ForteVIII。これ以前に使用していたのはUE(Ultimate Ears)のハイグレードラインの一つだった*1。そのUEを経てさて次はどうしようかと色々探したとき、例えば価格レベルを若干上げた程度では音の質には大差は感じられないものばかりの中で、また同じものを買うのもつまらない、、、そんな中ふと、これは高すぎて買うわけないけど一応試聴してみようと思って試したPiano ForteVIIIにヤラれてしまったという経緯。
UEとPiano ForteVIIIはどちらの音も傾向としては近くて、モニター指向/音の再現性重視で偏りの少ない音だろう。ただ、やはり方向性は同じでもそのクオリティは驚く程違う。具体的には、臨場感と音の広がりの違いと言えば良いだろうか。前者はあくまでも「高質なイヤホンからの音」であるのに対し、後者は「場のリアリティまで感じさせる音」になっている。実際にイヤホン自体も形状的に空間を内包するデザインになっていて、それが耳から入る音のリアリティを物理的に高めているのかもしれないが、ともあれ音の奥行きをまさに空間性として感じる音の質やその仔細な再現性にはホントに驚かされる。その音に接することで初めて、それまで使っていたイヤホンでは使用時は満足しつつもどこかでまだ“聴覚が満たされない”感覚によるモヤモヤ感があったのだということに改めて気付かされるくらい、このイヤホンが発する音は“良い”と言えると思う。

一方で、冒頭で今後これを超えるグレードのものを買うことはないだろうと書いたのにはただ音が素晴らしいからというだけではないまた別の側面もあって。
それは、慣れ、だったりする。やはり毎日イヤホンを使っていれば、その音にはすぐ慣れるということ(それがどれだけ良い音であろうと)。
そしてもう一つ、“聴覚が満たされた”的な満足感があるということ。これは言い表しづらい点ではあるけど、イヤホンで聴く音の到達点はどこかという探究心があったとして、それが気付けば満たされてしまっていた、つまり、これくらいがピークなんだろうと実感してしまったという点。もちろん、もっとハイグレードなイヤホンはまだまだあるんだけど、恐らくもうそこに広がっているだろう景色はそれほど変わらないんじゃないかと(勝手に)納得してしまったという点がある。
一度そこが満たされてしまうと、もうこれからはどんな(安価な/低質な)イヤホンでも良くなってくる。Piano ForteVIIIを買ったのは一昨年だけれど、実際、去年の半分くらいはiPhoneデフォルトのイヤホンで過ごしていた*2。あるピークを実感したことで、今度は逆に“悪い音”を楽しむフェーズも現れてくるということかもしれない。それは聴くに耐えない音ということではなくて、ある一定の頂点を知っているというベースがあるからこそ、耳から届く“悪い音”を想像の中で自由に拡張させ、自身が知る頂点を超えるレベルへと(妄想の、しかし理想の音として)拡げていけるということ。それは、ハイグレードなイヤホンに比べれば制限を受けた安価なイヤホンが発する、制限を受けた悪い音だからこそできる遊びなんじゃないか。

final audio design Piano ForteVIII ダイナミック型イヤホン FI-DC1602SB

final audio design Piano ForteVIII ダイナミック型イヤホン FI-DC1602SB

*1:製品名忘れちゃったのと、もう現行品でないので探しづらいてのでこういう書き方でひとつ…

*2:オーディオとして使っていたのはiPodだけれど。というのは一応。