カロカイン

カリン・ボイエ『カロカイン−国家と密告の自白剤』読了。凄く面白かった。その背表紙に書かれた内容紹介は以下のようなもの。

地球的規模の核戦争後。人びとは、汚染された地表から地下へのがれ、完璧に全体主義的な警察管理体制のもと築き上げられた〈世界国家〉の同輩兵士として暮らしている。言動を監視する〈眼〉と〈耳〉が職場や住居にはりめぐらされ、夫婦や親子の絆は捨て去るべきものとされる。情愛と忠誠の唯一の対象は〈世界国家〉でなくてはならないのだから。
模範的同輩兵士で、化学者のレオ・カールは、その液剤を注射されると心の奥底に隠された思いや感情を吐露してしまう自白材〈カロカイン〉を完成させる。人びとの思考や感情の統制までも可能にする〈カロカイン〉の発明によって成功への階を着実に昇ってゆくかに見えたレオ。強いられた自白はしかし、やがて思いもかけない方向へと展開をみせる・・・・・・
20世紀スウェーデンの国民的詩人ボイエの、散文の代表作。

原作が書かれたのは1940年。ソヴィエトとドイツに挟まれたスウェーデンにおいて、この物語が示す〈世界国家〉の在り様は結構リアルだったんじゃないか。上記の紹介だけ読んで感じる否応のない古さは、実際にこの物語を読んでみればSF的ハード面以外には感じることなく、そこに描写される人と人の関わり方は少なくとも僕には新鮮だった。そこで描かれるのは〈カロカイン〉による自白というアイデアの面白さなどでは決してなく、それを通して徐々に主人公カールが自覚していく権力を介さない人間らしい在り様への希求というようなもの。これ、全然上手く説明できないんだけど、しかしこうして上手く語れないからこそ僕はこの物語を面白いと思えたのだろう。〈世界国家〉の権力に拠ったポジショントークだけが存在し、自らを拠り所としたコミュニケーションが不可能でありまたそんなものの存在すら知られていない世界においてそれを発見していく人間が混乱に陥り揺れ動く様が、僕には凄く新しく感じられて、その新しさの感覚が即ち面白さだった。
この本はまるで、世の中に当たり前のように存在するものを劇的に照射し浮かび上がらせる光源のよう。
て、ちょっと褒めすぎで自分でもどうかと思うけれど、完成度の高さは間違いない。こんな本が中高等教育(ギムナジウム)の必読書だっていうスウェーデンが羨ましい。

カロカイン−国家と密告の自白剤 (lettres)

カロカイン−国家と密告の自白剤 (lettres)