大竹伸朗『焼憶』展

mcmlxxx2013-05-28

25、26日と愛知/名古屋へ。目的は常滑での大竹伸朗『焼憶』展@INAXライブミュージアム。2月からやっている展示だけれども終わりも近づいた中で、巡回もないだろうしてことで観に行ったもの。大竹伸朗大好きなんだよね。
INAXライブミュージアム自体は常設展示メインで、そこに一部企画展も加わるというような美術館兼博物館といった体裁の施設。決して大きい施設群ではないけれども、そこには世界のタイルの歴史を知ることのできる博物館や、日本における建築部材としてのテラコッタの歴史を知れる施設なんかもあったりして、その辺興味ある人であればかなりの時間を費やせる場所になっている。特に世界のタイルの展示は、質と量を同時に把握しながらその歴史的変遷を俯瞰できるという点で、とても興味深い。中国のタイルをベースにオランダへと伝播していったデルフトタイルに心癒されるというか、それこそほっこりするような“手づくり”の暖かみ/良さが、それ以降のイギリスでの量産システムを経た反動と言えるアーツ&クラフツ運動といった動きまで俯瞰する中で再度浮かび上がってくるような展示形式であって、それが嫌みなく伝わってくるタイル自体の魅力に納得させられる。初夏の暑さに脳を溶かしながら言えば、うん良いよねえ手描き、、、てのが、とても素直に実感出来てしまうのが面白かった。
そんな中の一室で展示されていた大竹伸朗『焼憶』展について。INAX大竹伸朗の関係は、直島の公衆浴場「直島銭湯 I♥湯(アイラブユ)」プロジェクトでのタイル制作での関わりからとのこと。展示自体は、大竹伸朗の過去作品の画像を焼き付けたタイルや、常滑の写真(大竹伸朗撮影と思われる)を焼き付けたタイルによる壮大なコラージュ作品であり、それが巨大な本のハードカバー部分を形作るというもの。大竹伸朗によるコラージュでかつ本の形式の作品と聞けば、ライフワーク的に続けているスクラップブックが想起されるが、今回の作品はその巨大ver.と取って良いのか。けれどページ部分は明らかにぞんざいな白紙の扱いで、タイルで覆われているのは表紙/背表紙部分のみ。外部とも言えるそのハードカバー部分は、タイルの整列によるグリッドと、画像の集合によるカオスが共存しており、さらにそれまで観てきた世界のタイルにまつわる展示や土と人の歴史を思い起こす中で、人が作品を作る媒体としての土という素材の強さと、同時に無常さをも思い起こされる。紙にくらべてさらに強いその素材により形成されたスクラップブックの元ともいえるそれにスクラップされるのは、何なのか。観るものの記憶を焼き付けるそれは、同時に記憶を焼き尽くす時間をも象徴するようでもある。
タイルにまつわる技術が進化してきた経緯を踏まえながら『焼憶』展の展示を見直すと、その技術の進化が逆に儚さを浮かび上がらせるようでもあり、だからこそまたそれが潔さにつながりもするといったいくつもの意識の層を巡る感覚があって、今という時代の中でまさに今を把握することの厄介さをを感じたりもした。いや抽象的だけれども。